CHANG TSI
Insights
特許無効審判、特許権利化行政訴訟、さらには特許侵害訴訟において、公知常識は特許の進歩性を否定する決め手となるケースが少なくありません。そのため、どのような文献が公知常識を立証する証拠となり得るかについて、実務上長らく論争が続いてきました。教科書に限られるのか、それとも業界関係者や研究者向けの参考図書も認められるのか?最高人民法院の近年の代表的な二件の裁判案例が示すところによれば、司法判断は単純な「可」または「不可」の二者択一ではなく、文献の実質的内容に立ち返って判断を行うことを重視しています。
まず、『専利審査指南』では、技術用語辞典、技術ハンドブック、教科書の三種類を公知常識の典型的な資料として明記しています。また、人民法院案例データベースに収録された江蘇某生物医薬研究所有限公司・常州某ハイテク研究院対国家知識産権局発明特許出願拒絶査定不服審判行政訴訟(登録番号:2023-13-3-024-037)において、最高裁は次のように指摘しました 。公知常識証拠とは、原則として当該技術分野の基礎的な技術知識を記載した技術用語辞典、技術ハンドブック、教科書等の文献を指す。上記三種類以外の文献が公知常識証拠に該当するか否かについては、文献の体裁、内容・特徴、読者層、普及範囲等の要素を総合的に勘案し、個別に判断する必要がある。
本件において、国家知識産権局が証拠として提出した『腫瘍研究最前線 第 8 巻』は、公知常識証拠として認められませんでした。その主な理由は二点です。第一に、本書は世界における腫瘍研究の最新動向を紹介する内容であり、当分野の一般的な基礎技術知識を解説したものではないこと。第二に、本書の奥付に記載された内容紹介に「本書は専門研究者の参考用、大学・医療機関関係者の閲覧に供する」と記載があり、一般的な意味での教科書ではなく、専門研究者向けの参考図書に位置づけられています。
本判決は業界に一定の模範効果をもたらし、一部の代理人はその後の証拠検索・選別において、「参考」の文字が含まれる文献を過度に警戒し、一律除外する傾向が見られ、教科書と明記された文献のみを安心して提出する状況が広がったのです。
前記案例の裁判趣旨を「教科書以外は一切認められない」という硬直的な基準と機械的に解釈することは、明らかに教条的な適用に他なりません。
本件において、証拠 2 は『造粒塔と造粒ノズル』、証拠 6 は『無機化学工業プロセス 第 2 版(三)化学肥料』、その他証拠 12’『化学肥料』、証拠 14『中国肥料ハンドブック』等が提出されました。最高人民法院は二審において、証拠 2、証拠 6、証拠 12’、証拠 14、並びに一審で提出された『園芸植物の栄養と施肥技術』は、いずれも本特許出願日前に刊行された教科書、技術者向け参考書類、技術ハンドブック等であり、当該分野の公知常識または慣用的な技術手段を立証する証拠として使用できると認定しました。
文字面のみを捉えて教条的に判断すれば、「参考図書」と明記された本件文献は公知常識証拠と認定されにくくなります。しかし、技術出版業界の実情として、学術的な厳格性や出版慣例から、ほぼすべての専門技術書籍の序文または内容概要に「業界研究者・大学関係者の参考用」といった記載が付されています。この文言を理由に文献を一律除外すれば、大半の技術文献が証拠資格を失うことになります。
最高裁は本判決において、証拠 2 を公知常識証拠と認定した論理を詳述してはいませんが、同書が造粒塔の基本的形態、造粒プロセスの三段階、液滴の冷却・固化の法則、自然通気式・機械通気式の二種類の塔形式、塔の高さと冷却効果の関係等を体系的に開示している事実を確認しています。つまり、本書に記載されているのは一時的な研究成果、論争的または試験的な内容ではなく、造粒塔及びノズルという成熟した機械設備に関する体系的かつ基礎的な技術知識の整理です。刊行年月日(1987 年 4 月)、記載内容の専門分野への集中度、内容の性質のいずれから見ても、当該技術分野の基礎的な知識に該当すると言えます。
第一に、公知常識証拠の検索にあたり、証拠の範囲を「教科書」に機械的に限定すべきではない点です。1244号案例が示す通り、技術者向け参考図書、業界技術資料であっても、内容が基礎的・成熟的・普遍的な知識に該当する場合、裁判所に認められる可能性が十分にあります。代理人にとって優先して確認すべきのは、書籍の体裁や表記ではなく、記載内容が案件と関連し、当該分野の一般的な技術知識に該当するか否かです。
第二に、相手方弁護人が「当該証拠は単なる参考図書であり、法定の公知常識資料に該当しない」と証拠に対して異議を述べた場合、書籍名や内容概要の文言に拘泥して反論するのではなく、前記案例の審査視点に基づき、文献の内容的特徴を合議体に十分に説明する必要があります。すなわち、記載内容が実務で検証済みの基礎理論または汎用的な構成であること、再版回数、発行元の権威性、発行部数、学術・産業界における引用実績等の客観的事実を提示し、「当該分野の当業者が一般的に知っており、または容易に入手可能な技術知識」であることを立証します。
第三に、単独の証拠では立証が困難となる点に留意すべきです。特に文献体裁に関する異議が生じる場合、核心となる公知常識証拠が参考図書のみである場合、早期の基礎的特許文献やその他の参考図書を補助証拠として併用するのが最も穏当な対応です。合議体が単一の参考図書の公知常識性について判断に迷う場合であっても、複数の非典型的な公知常識証拠が相互に裏付け合うことで、当該技術が公知常識に該当する事実を確固たるものにできます。
公知常識証拠の認定は、文言の表面的解釈による二者択一の判断ではありません。最高裁の裁判基準を的確に把握し、証拠検索段階で体裁の制約にとらわれず、法廷においては文献の実質的な内容を読み取り主張することが、複雑な知的財産紛争において優位な立場を築く鍵となります。